東京高等裁判所 昭和27年(ラ)148号 決定 1952年7月11日
抗告人 荻原久雄
訴訟代理人 秋田経蔵
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の要旨は、
(一)原審は、埼玉県浦和市常盤町七丁目百四番家屋番号同町八十七番一、木造亜鉛葺平家建居宅一棟建坪十一坪の建物につき競売を実施し競落を許可したが、右建物は、荻原桂の所有に属し、債務者(抗告人)の所有でない。従つて債務者に対する強制執行として競売を受くべきいわれなく、民事訴訟法第六百七十四条第二項にいわゆる「競売シタル不動産カ譲渡スコトヲ得サルモノナルトキ」に該当するにもかかわらず、原審がこの点を看過し競落を許可したのは不当である。
(二)原審は、競売手続の中途において、昭和二十七年三月十日附更正決定を以て、本件強制競売開始決定添附の別紙物件目録中建坪二十坪とあるを建坪十一坪と更正し、競売を続行実施したが、これは本来の目的物の異なるものを符合せしめるためなされたものであつて、債務名義から更正しなければ更正できないものである。しかるに原審が債務名義を更正しないで強制競売開始決定のみを更正したのは不当である。
(三)債務者たる抗告人に対し、競売期日の通知はなされたが競落期日の通知はなされなかつた。しかしながら、本件のように、競売期日の場所と競落期日の場所とちがつているような場合には、特に債務者の利益のため競落期日の通知もあつてしかるべきであり、原審がこれをなさなかつたのは不当である。よつて、原決定取消の上、本件競落を許さずとの裁判を求める。
というにあつて、証拠として、乙第一ないし第三号証を提出した。
しかしながら、
(一)強制競売の目的不動産が債務者の所有に属しないということは、民事訴訟法第六百七十四条第二項にいわゆる「競売シタル不動産ガ譲渡スコトヲ得サルモノナルトキ」に該当せず、また競売不動産が登記ある不動産であるにかかわらず債務者の名義でない場合を除き同法第六百七十二条第一号の「強制執行ヲ許ス可カラサルコト」にもあたらないので、同法第六百八十一条第二項により、債務者はこれを以て競落許可決定に対する不服の理由となすことができない。何となれば、右「譲渡スコトヲ得サルモノナルトキ」とは執行の目的である不動産が法律上譲渡禁止物または差押禁止物であつて競売できないような場合をいい、また「強制執行ヲ許ス可カラサルコト」とは右の場合その他執行の要件や執行開始の要件がかけている場合をいい、いずれも執行機関の調査すべき執行法上の事項であるところ、不動産の強制競売においては、既に申立の要件として、申立書に登記簿に債務者の所有として登記した不動産については登記官吏の認証書、未登記の不動産については債務者の所有たることを証すべき証書を添附すべきことを法定しているので、(民事訴訟法第六百四十三条第一項第一号第二号参照)これらの書類により競売の目的たる不動産が債務者の所有に属することが一応認められる限り、競売裁判所は果してその不動産が実体上債務者の所有に属するかどうかを調査し認定する権限も職責もなく、執行手続上ではこれを不問に付しそのまま競売を実施して差支ないからである。そして本件においては、競売申立書添附の登記簿謄本並びにその後追完せられた埼玉県浦和市長川久保義典の作成にかかる昭和二十七年三月三日附証明書により競売の目的たる不動産が債務者荻原久雄の所有に属することが一応認められるから、競売申立の要件にかくるところなく、原審がそのまま競売を続行実施したのは正当であつて少しも違法の点がない。もつとも抗告人提出の乙第一号証(家屋新築申告書)第二号証(家屋滅失申告書)によれば、現に競売の目的として指示せられている建物は荻原桂が昭和二十三年八月新築したもので同人の所有にかかり、前記競売申立書に添附せられた登記簿謄本記載の建物は、従前その地上にあつた債務者所有の建物が取り毀され滅失したのにもかかわらず、滅失登記がなされなかつたため、登記簿上においてのみ存在しているにすぎないかの観があるが、仮りにそのとおりとしても、真実の所有者荻原桂は、競売実行中は民事訴訟法第五百四十九条により強制執行異議の訴を提起し、競売終了後においても競落人は差押当時債務者に属しなかつた不動産の所有権を取得するいわれがないので競落人に対し所有権確認の訴を提起してこれを争うことをうべく、債務者は、競売の目的不動産が債務者に属しないことにより全然損失を被らないので、この点よりするも抗告人は右事実を競落許可決定に対する不服の理由となすことができず、抗告人の抗告理由(一)は理由がない。
(二)抗告人主張の「債務名義の更正」が何を意味するか明瞭をかくけれども、建坪二十坪の建物と十一坪の建物とは本来別個の建物であつて、既に競売申立書に不動産の表示として二十坪の建物を記載した以上、これが訂正なくして、ひとり強制競売開始決定添附の物件目録を更正することはできないと主張しているものと解する。なる程更正決定は違算、書損その他これに類する明白な誤謬のあるときになすものであつて、更正手続を以てしても、申立不動産と別個の不動産に更正することは許せないところであろうけれども、本件においては、債権者は、埼玉県浦和市常盤町七丁目百四番地上に実在せる特定の建物を目指してこれに対する強制競売を申立てたのであつて、たまたま右建物に該当すると思われる建物の登記簿に建坪二十坪とあつたが故に競売申立書にそのとおり表示したにすぎないのである。ところがその後執行吏等において現地調査の結果右建物の実測坪数は十一坪であることがわかり、なお他に別の建物もないので、債務者はここに更正の申立をなし、競売裁判所は右申立に基き所論の更正決定をなしたので、少しも違法の点なく、抗告人の抗告理由(二)は、同一地上に二十坪と十一坪の二個の建物がある場合なら格別、実在せる特定の建物を目指して競売を申し立てたということを看過しているものであつて理由がない。
(三)競売期日及び競落期日の指定はこれを利害関係人に告知し以てその権利の防禦をなさしむるを相当とすること、なお訴訟手続における口頭弁論期日、証拠調期日を当事者に告知すると同様である。されば、法律は競売期日及び競落期日の日時、並びに利害関係人競売期日に出頭すべき旨を競売期日の公告の要件としたのである。(民事訴訟法第六百五十八条第五号第七号第十号参照)そして競売法による競売手続において競売の期日は競売手続の利害関係人にこれを通知することを要すとなした関係上、(競売法第二十七条第二項参照)強制競売手続においても、慣例上、右公告以外利害関係人に競売期日の通知をしているのであるが、競落期日の通知にいたつては、民事訴訟法は固より競売法においてもこれをなすことを要する旨の規定がない。されば原審が競売期日の公告に競落期日の日時を記載したのみで、特に債務者に対しこれを通知しなかつたからといつて、少しも違法の点はなく、抗告人の抗告理由(三)は理由がない。
以上の次第で、抗告人の抗告理由は一も理由がなく、その他記録を精査するも、原決定取消の事由となすに足る違法の点を発見することができないので、抗告人の抗告を理由なしとし、主文のとおり決定した。
(裁判長判事 大江保直 判事 梅原松次郎 判事 猪俣幸一)